翌朝。
双海姉弟は、真新しい制服と鞄を纏って、これから少なくとも数ヶ月を過ごすであろう学び舎の前に、立っていた。
「ん、ここね、鷹司学園ってのは」
「まあ書いてあるしな」
眠そうに欠伸をしながら、門柱を指す彰吾。
私立鷹司学園。鴇宮市のわりと隅のほうに位置する、学力もそこそこ、治安も悪くはなく、交通面でもとりあえず不自由はないという……長所も短所も無いような学園だ。ただ、敷地面積は広く、校舎は建てられてからさほど年月が経っておらず、更に校風が割と自由という点から、伸び伸びと、そして清々しい学園生活を送りたい生徒には、なかなか良い環境が整っている……らしい。
と、某匿名掲示板で得た、あてになるのかどうかわからない情報を思い出しながら、校舎を眺める。なるほど、確かに、校舎は新しそうに見えるし、中庭の雰囲気からも、ゆったりとした空気が感じられる。
「悪くないわね」
「まあ、そうだな」
姉の呟きに一応の同意をする。冷めたような声になったが、彰吾としては、それなりに安堵していた。
幼い頃から幾度となく転校を繰り返してきた彼らは、様々な学び舎を体験してきた。翌年には閉鎖されてしまうという山奥の学校から、挨拶が「ごきげんよう」なお金持ちが集う学園、授業中に金属バットを担いだ金髪のにーちゃんが廊下をバイクで爆走するような学園、そして、「全員東大合格」がスローガンの進学校まで……
そんな過程で、彰吾には、過ごしやすそうな学園というものが、雰囲気でわかるようになっていた。鷹司学園のような穏やかそうな空気を感じて、内心ホッとするのは、まあ当然のことと言えた。
「で、何処行く?」
「職員室に行けばいいんじゃないの?」
「それじゃあ面白くないわね……まずはボイラー室とかどう?」
「転校早々何する気だよ……」
……まあ、姉にとってこの空気は、穏やかだからというより、自由度が高そうだから、「悪くない」のかもしれない。
「お待たせしたね。えっと、双海渚さんと、彰吾くん、だね?」
「はい」
数分後、校門のあたりで登校してくる生徒に、手当たり次第にボイラー室の場所を聞こうとする姉を引っ張って、職員室に辿り着いた彰吾。入り口付近にいた職員に用件を伝えてしばらく後、現れたのは中年の男性と若い女性の2人だった。
まあ、タイミングから考えて、それぞれの担任の教師ということだろうが……ここで、若い女の先生の方がいいな、などと考えてしまうのは、やはり彰吾に限らず、健全な少年が持つ当然の思考ではないだろうか。
とはいえ、現実というものは、当事者の思惑に沿うとは限らないものである、という事実を、中年の男性の言葉で彰吾は改めて認識することとなった。
「私は斉藤崇。ここの1年1組の担任だ。で、こちらが今条晴美先生。2年2組を担任していらっしゃる。まあ、察しているかもしれないが、私たちが、君たちの担任となる」
「よろしくね」
斉藤教諭の言に続けて今条先生が2人に笑みを送ってくるが、まあ、どうやら1年1組に在籍する彰吾にとっては、よろしくされる機会はあまりなさそうだった。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、そろそろ朝のホームルームの時間だ。渚さんは今条先生に付いてきなさい」
「はい」
「彰吾君は……悪いがもう少し、ここで待っていてもらえるかな」
「え……は、はい」
まだ待たされるのかと思う彰吾を残し、斉藤教諭はそそくさと職員室の奥へと戻っていってしまった。
「ごめんなさいね。斉藤先生のクラスの生徒が1人、今朝になって急に転校するって電話してきたらしくてね」
と、こちらの表情から気分を察したのか、今条先生がフォローを入れる。
「は、はぁ。それはまた……」
「ええ、急な話でちょっと大変なのよ。ごめんなさいね」
「い、いえ、そういうことなら、別に……」
「ありがとう。それじゃ、悪いけどお先に行かせてもらうわね……行きましょうか、渚さん」
「はい」
姉が返事をし、今条先生に付いて職員室を出て行くのを見ながら……
「……」
改めて今条先生が担任でないことを、残念に思ってしまうのだった。若い女性であることを差し引いても、気の回りそうな人である。
「……」
まあ、なんとなく……少しドアを開けて、廊下を遠ざかる2人の背を見てみる。
「ふふ……緊張してる?」
「いえ、転校は慣れてますから」
「そう。わからないこととかあれば、何でも聞いてね」
「あ、それなら……」
「あら、早速? どうしたの?」
「あの……ボイラー室ってどこに――」