…………
「教頭先生。これで例の書類は最後です」
「ああ、ご苦労様」
「では、私はそろそろ上がらせていただきますが……」
「ああ……っと、ちょっと待ってくれ、斉藤君」
「え? あ、はい……」
「例の転校生なんだが」
「転校生……?」
「ほら、君のクラスに、近いうちに入るかもしれないと言っていただろう?」
「あー! はい、そういえば」
「で、その転校生なんだが、明日、来るそうだ」
「あ、明日ですか!? 急ですね」
「ああ、私も先ほど連絡を受けたところでな。さっき今条先生にも伝えておいた」
「今条先生というと……2年生ですか」
「そう、2年生と1年生のきょうだいらしい」
「なるほど……名前は何と?」
「あー、すまない。覚えていない」
「えぇ……?」
「まあ、明日の朝には、君のデスクの上に資料は置いとくから」
「そうですか……」
「そういうわけだ。急な連絡といい、資料の遅延といい、もしかしたらワケありかもしれないが……経験豊富な君のことだから、大丈夫だと思う。まあ、頑張ってくれたまえ」
「は、はあ……えっと、一つだけ、お聞きしたいのですが」
「ん? 何だ?」
「女子か、男子かだけでも、今わかりませんかね?」
「? それも明日渡す資料に載っているはずだが」
「できれば、今、知っておきたいのです。それ次第では用意するものがいろいろとありまして……」
「なるほど……体育の授業など、男女別の用意もあるか。さすが、気が回るな」
「いえ、決してそんなものでは……」
「謙遜するな。確か、斉藤君のクラスの子は女子だったはずだ」
「女子、ですか……」
「……なんだ、不服か?」
「いえ、決してそういうわけでは」
「確かに、近頃の女子生徒ってのは、扱いづらいことも多いしな。男子の方がむしろ楽かもしれん」
「まあ、ニュアンスは違うかもしれませんが、男子の方が楽という点においては、その通りかと」
「はっはっ。まあ、頑張ってくれたまえ」
「はい」
「話は以上だ。上がってくれていい」
「はい……では、お先に失礼します」
「うむ。お疲れ」
…………

「どうだっ!」
 総一はラジカセの停止ボタンを押しながら、そう叫んでいた。斉藤も、これがいつ録られたものなのか、気付いているだろう。
「…………」
「言葉も無いか」
「ああ、本当に言葉も無いよ」
 斉藤の口から発せられた言葉に、総一は笑みを浮かべる。
「そうだろう。なら、認めたらどうだ? 彼……いや、彼女の秘密を」
「……あのな」
「別に言いふらしはしない。『斉藤と彼女の秘密』が『斉藤と彼女と俺の秘密』に変わるだけだ」
「……はぁ」
 斉藤が溜め息を吐く。ついに観念したのかと思っていると、彼の右手が高く振り上げられた。
――ゴツンッ!
「ぅぐっ!」
「とりあえず、もう一度言う。呼び捨てにするな。敬語を使え」
「く……自分の立場がわかっ――うぐっ!」
「それは俺の台詞だ。わかってるか? おまえがやったのは盗み聞きっていう、最低の行為だぞ」
 なるほど、確かにその通りだ。立て続けに殴られるが、しかし、反論の余地はある。
「しかし、それがなければ、俺は斉藤にまんまと騙されていた。転校生は男だと信じ込まされていたはずだ」
「……はぁ」
と、再び溜め息を漏らす斉藤。そして彼は授業の用意として持ってきていた書類の中から、1枚の紙を取り出す。
「本当はこういうの他の生徒とかに見せちゃいけないんだが……」
「何だ、それは」
「……資料だ。今朝俺の机の上にあった」
「……ほぅ」
 受け取ったその紙は、文字通り、資料だった。彼のフルネームから始まり、生年月日、性別、住所、連絡先、保護者情報……
 しかし、総一にとって必要な情報は1つだけである――性別。
「『性別:男』。ふん、やはりな。どうせ、隠してもそのうち…………ん? ……『男』?」
「……」
「え、男? あれ? どういうことだ」
「あと……これも俺の机に置かれてたんだが」
「?」
 そして手渡されるメモ用紙らしきもの。
“君のクラスの子は男子だったようです。ごめんちゃい(笑)  教頭より”
「教頭ぉぉおおぅっ!!」
「まあ、そういうわけなんだ」
「ちょっと、教頭んとこ行ってくる。ここで待ってろ斉藤」
――ゴツン
「やめんか。そもそも、おまえが勝手に勘違いしただけだろうが。あと呼び捨てするな」
「うぐ……しかし、これでは犠牲になった竹島が浮かばれないじゃないか!」
と、総一が竹島の名を出すと、斉藤は呆れたような表情を正し、少し厳し目の顔になった。
「あー、そうだ。おまえに話しかけた本来の目的、完全に忘れてた」
「?」
「竹島の件で、おまえに事情聴取するから」
 後で聞くって言ってたろ? と斉藤は総一の後ろ襟を掴む。
「なに? 俺は今転校生に対する作戦で手一杯……いや、男ならもういいか……」
「お、従順なのはいいことだ。まあ、転校生の相手は木崎に任せとけばよかろ」
「しかし、もうすぐ2限目が始まると思うのだが」
と、言ったところでチャイムが鳴り始める。が、斉藤は気にする様子も無く。
「ああ、俺、次の時間は授業無いから」
「いや、生徒の俺は普通に有るんですが?」
「サボれサボれ。今回は許可するから」
「……いいのか教師として」
「まあ、授業中なのに校舎裏でサボってたおまえを見つけて注意していた、って報告しとくから問題ない」
「おいっ!!」
――チャイムの鳴る中、そんなやり取りをしながら、2人は生徒たちの流れに逆らい、進路指導室の方へと向かっていくのだった。